東京地方裁判所 平成3年(ワ)2982号 判決 1992年4月23日
原告
株式会社ニューますや
右代表者代表取締役
石川完一
右訴訟代理人弁護士
福井富男
同
杉野由和
同
上野達夫
被告
株式会社フジコーポレーション
右代表者代表取締役
久保暢彦
右訴訟代理人弁護士
藤森茂一
被告
常松昭
右訴訟代理人弁護士
箕輪正美
被告
真壁光雄
右訴訟代理人弁護士
岩月史郎
被告
常松健一
右訴訟代理人弁護士
岩月史郎
主文
1 被告常松昭は、原告に対し、一二八一万三八〇〇円及びこれに対する平成二年六月二六日から支払済みにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の被告らに対する請求はいずれも棄却する。
3 訴訟費用中、原告と被告常松昭との間に生じたものは被告常松昭の負担とし、原告とその余の被告らとの間に生じたものは原告の負担とする。
4 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告らは、各自、原告に対し、一二八一万三八〇〇円及びこれに対する平成二年六月二六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決及び仮執行の宣言を求める。
二 被告ら
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
第二 当事者の主張
一 原告の請求の原因
1 (当事者等)
原告は、静岡県伊東市中央町においてホテル「ニューますや」(以下「原告ホテル」という。)を経営する株式会社、被告株式会社フジコーポレーション(以下「被告会社」という。)は、寝装衣料品の販売等を目的とする株式会社、その余の被告ら(以下「被告個人ら」という。)は、平成二年六月当時いずれも被告会社の従業員であったものである。
2 (本件事故の発生)
被告個人らは、被告会社が静岡県伊東市において催した寝装衣料品等の展示販売会の業務に従事するため、平成二年六月二一日から同月二五日まで、原告ホテルに投宿していたが、被告常松昭は、この間の同月二四日午後一〇時頃、被告個人らの客室であった原告ホテル三階の三一〇号室(以下「本件客室」という。)において、入浴するために浴室の浴槽への水道栓を開栓し、これを放置したまま誤って寝入ってしまい、浴槽から湯水を溢れさせて、本件客室、その階下の客室の二階二一二号室及び二一三号室、賃借人である訴外赤坂朝代が「くらぶ赤坂」を経営している一階店舗、二、三階各廊下等に漏水させた(この事故を以下「本件事故」という。)
3 (被告らの責任原因)
被告らは、次のとおり、債務不履行、不法行為又は使用者責任による損害賠償として、本件事故によって生じた後記の損害を賠償すべき責任がある。
(一) 被告個人らは、本件事故当時、被告会社の従業員として、いずれも関東、東海地方の各都市を巡回して、各地で寝装衣料品等の展示販売会を催し、そこでの展示販売活動に専従するグループの一員を構成していたものであって、右グループに属する従業員らは、ある展示販売会場での営業活動が終了すると、次の展示販売会場へと直接に移動して、当該展示販売会場所在地のホテル等に投宿し、これを臨時の営業の拠点として使用して、展示販売会場での展示販売活動に共同して従事するのを常態とし、勤務時間中のみならず常時起居を共にしていたものである。そして、この場合において、ホテル等の予約は被告会社の名において一括してなされ、また、宿泊費も被告会社の経費で賄われていた。
被告個人らが原告ホテルに投宿したのも、右のような目的及び態様によるものであって、原告ホテルの予約及びその宿泊費の負担も、右の例に従うものであった。
(二) 被告常松昭は、浴室の水道栓を開栓したまま放置すれば、やがては湯水が浴槽から洗い場に溢れ、洗い桶等が流されて排水口を塞ぐなどし、湯水が浴室外に溢れ出て、原告ホテルの客室等を損傷することになることを容易に予見することができたにもかかわらず、水道栓を開栓したまま誤って寝入ってしまったものであって、同被告に過失があることは明らかであり、宿泊契約の債務不履行又は不法行為による損害賠償として、本件事故によって生じた後記の損害を賠償すべき責任がある。
(三) 被告真壁光雄及び同常松健一は、他人の宿泊施設を利用するときには、就寝に際して、火気、戸締りの点検などとともに、浴室の水道栓の閉め忘れがないかどうかの確認をするなどして、当該施設に損害賠償を与えないようにすべき義務があり、特に、被告常松昭とは常時行動を共にしていて、その生活習慣等を熟知しており、また、本件事故当日においては、被告常松昭が飲酒して相当酩酊していたことを知っていたのであるから、同宿者として相当な注意をしておれば本件事故を避けることができたにもかかわらず、これを怠って漫然と就寝した過失がある。
さらに、被告個人らは、前記のとおり、被告会社の展示販売活動に専従するグループを構成し、他の営業活動とは区別された一個の有機的販売集団を形成していて、緊密な結合関連性を有していたのであるから、そこには客観的関連共同性がある。
したがって、被告真壁光雄及び同常松健一も、宿泊契約の債務不履行又は、共同不法行為による損害賠償として、本件事故によって生じた後記の損害を賠償すべき責任がある。
(四) 被告個人らの原告ホテルでの宿泊行為は、単なる個別的、単発的な出張とは異なり、前記のとおり被告会社の展示販売専従グループが営業活動を行ううえで不可欠なものであって、被告会社の事業活動の一部又は密接不可分のものであったのであり、本件事故は、これを契機として発生したものであるから、被告会社は、被告個人らの使用者として、本件事故によって生じた後記の損害を賠償すべき責任がある。
4 (損害)
原告又は原告ホテルの一階店舗の賃借人としてそこで「くらぶ赤坂」を経営していた訴外赤坂朝代は、本件事故によって、次のとおり合計一五八一万三八〇〇円の損害を被った。
(一) 原告ホテルの前記各客室内及び廊下のカーペットの乾燥費用
一二万〇〇〇〇円
(二) 原告ホテルの前記各客室が一定期間にわたって使用できなかったことによる逸失利益(三一〇号室につき宿泊料金一泊二万〇六〇〇円、使用不能期間平成二年六月二五日から同年七月二〇日まで、二一二号室につき宿泊料金一泊一万〇三〇〇円、使用不能期間同年六月二五日から同年七月一七日まで、二一三号室につき宿泊料金一泊一万〇三〇〇円、使用不能期間同年六月二五日から同年七月二日までとし、各客室の平均稼働率を八〇パーセントとして、宿泊料金合計から消費税相当額を控除して算定したもの。)
六六万四〇〇〇円
(三) 訴外赤坂朝代が本件事故によって損傷を受けた原告ホテル一階の店舗の天井、床、壁、家具、調度、照明器具、電気回線等を補修するために合計五八二万九八〇〇円を支出したことによる損害(原告は、平成二年七月三一日、訴外赤坂朝代に対して右同額を支払い、民法四二二条の規定の類推適用によって、訴外赤坂朝代に代位するもの。)
五八二万九八〇〇円
(四) 訴外赤坂朝代が平成二年六月二五日から同年七月二九日までの間「くらぶ赤坂」の営業を休止したことによる逸失利益四五二万六五八五円(平均売上高から人件費、材料費その他の経費を控除したもの。)及び右の間にその従業員に支払った給与(休業保障金)二五三万七三一九円の合計七〇六万三九〇四円(原告は、同年一〇月二六日に訴外赤坂朝代から被告らに対する右同額の損害賠償債権のうち六二〇万円の譲渡を受けたもの。)
六二〇万〇〇〇〇円
(五) 原告が本訴の提起、追行及びこれに先立つ仮差押申請を原告訴訟代理人弁護士らに委任してその報酬及び費用として右弁護士らに支払った弁護士費用
三〇〇万〇〇〇〇円
5 (結論)
よって、原告は、被告ら各自に対して、右損害金一五八一万三八〇〇円のうちの一二八一万三八〇〇円及びこれに対する平成二年六月二六日から支払済みに至まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因事実に対する被告らの認否
1 請求原因1(当事者等)の事実は、いずれも認める。
2 同2(本件事故の発生)の事実について、被告会社においては、被告個人らが、被告会社が静岡県伊東市において催した寝装衣料品等の展示販売会の業務に従事するため、平成二年六月二一日から同月二五日までの間、原告ホテルに投宿していたことは認めるが、その余の事実は知らず、被告個人らにおいては、右の事実のほか、被告常松昭が同月二四日夜本件客室において浴室の浴槽への水道栓を開栓し、これを放置したまま誤って寝入ってしまったことは認めるが、その余の事実は知らない。
3 同3(被告らの責任原因)の事実中、被告個人らが本件事故当時原告主張のような被告会社の展示販売活動に専従するグループの一員を構成していたこと、被告個人らが右展示販売活動に従事するため出張してホテル等に投宿する場合には、被告会社の経費で宿泊費が賄われていたこと、本件における原告ホテルの場合にも右の例のとおりであったことは認め、その余の事実は否認する。
被告個人らは、本件事故当日の平成二年六月二四日、午後七時頃までに最終日の展示販売会の業務を終了し、午後一〇時頃まで飲食した後、原告ホテルに帰着したが、そこでは専ら宿泊するだけであって、原告ホテルを臨時の営業の拠点として使用したようなことはなく、展示販売会の終了後は被告個人らの全くの自由時間である。
また、浴槽への水道栓を開栓したまま放置しても、溢れた湯水は本来排水口から排水されて、湯水が浴室から溢れ出て漏水することはないはずであって、本件事故が発生したのは、排水口が毛髪やごみなどで詰まっていたからであり被告個人らにはなんらの過失又は義務違反はない。
そして、本件事故は、被告真壁光雄及び同常松健一の就寝中の出来事であって、同被告らは、全くこれに気付かなかったものである。
4 同4(損害)の事実は、知らない。
第三 証拠関係<省略>
理由
一請求原因1(当事者等)の事実、同2(本件事故の発生)及び同3(被告らの責任原因)の事実中、被告個人らが本件事故当時被告会社の従業員として原告主張のような被告会社の展示販売活動に専従するグループの一員を構成していて、被告会社が静岡県伊東市において催した寝装衣料品等の展示販売会の業務に従事するため、平成二年六月二一日から同月二五日までの間、原告ホテルに投宿していたこと、被告個人らがこのようにして寝装衣料品等の展示販売活動に従事するため出張してホテル等に投宿する場合においては、その宿泊費は被告会社の経費で賄われていたものであり、本件における原告ホテルの場合にも右の例のとおりであったことは、いずれもすべての当事者間において争いがなく、また、被告常松昭が同月二四日夜本件客室において浴室の浴槽への水道栓を開栓し、これを放置したまま誤って寝入ってしまったものであることは、原告と被告個人らとの間においては争いがない。
二そして、右争いがない事実に<書証番号略>、証人桑原稔夫の証言及び被告真壁光雄本人尋問の結果を併せて判断すると、次のような事実を認めることができる。
1 被告会社は、大阪市に本店を置くほか、東京に営業所を開設して、寝装衣料品等の販売を業としていたが、東京都の営業所においては、専ら関東及び東海地方の各都市を巡回して移動し、そこで展示販売会を催して寝装衣料品等を販売するという営業形態を採用し、そのために数十名の従業員を約一〇のグループに編成した上、各グループを予め定められたスケジュールに従って一か月当たり概ね数か所の都市を巡回させて、各地で展示販売会を催させ、寝装衣料品等の販売活動に従事させていた。
したがって、これらのグループに属する従業員は、ひとつの都市での展示販売会が終了しても、東京営業所に出勤したり帰宅するということはほとんどなく、そのまま次の展示販売会の開催地へと移動するのが通例であった。
2 また、これらのグループに属する従業員は、展示販売会の開催地においては、通常、全員が開催場所とされたホテル又はその近在のホテル等の同一の宿泊施設に投宿し、午前九時頃から展示販売会の会場に赴いて、会場の設営、商品の販売等の営業活動に従事し、午後七時頃には業務を終了して、その後は原則としてそれぞれが自由行動をとっていた。
そして、この場合において、ホテル等の予約は、被告会社の東京営業所が一括して行うことが多く、また、宿泊費は、被告会社の経費によって賄われ、東京営業所から展示販売会の開催地に派遣された会計担当の従業員が一括して支払っていた。
3 被告個人らは、以上のような例に従って、静岡県伊東市において催された寝装衣料品等の展示販売会の業務に従事するため、平成二年六月二一日から同月二五日までの間、原告ホテルに投宿していたものであるが、本件事故当日の同月二四日にはたまたま個別の客室を予約することができず、三名全員が本件客室に宿泊することになった。
そして、被告個人らは、右当日が展示販売会の最終日であったため、午後七時頃には会場の後片付けを終え、一旦原告ホテルに引き揚げた後、夕食のために揃って外出して、夕食を摂りつつビール及び日本酒を飲み、午後一〇時頃には原告ホテルに帰来した。
4 被告真壁光雄及び同常松健一は、本件客室に入るや、直ちに就寝してしまったが、被告常松昭は、入浴するために浴室の浴槽への水道栓を開栓して、湯が浴槽に溜まるのを待つ間にそのまま寝入ってしまい、翌二五日未明の頃までには多量の湯水が浴槽から溢れ、本件客室、その階下の客室の二階二一二号室及び二一三号室、訴外赤坂朝代が賃借して「くらぶ赤坂」を経営している一階店舗、二、三階各廊下等に漏水した。
そして、被告常松昭は、同日未明に階下の客室に宿泊していた客の知らせによって駆け付けた原告の従業員によってこれを知らされたが、被告真壁光雄及び同常松健一は、熟睡していて、この騒ぎにも気付かなかった。
三ところで、<書証番号略>及び証人桑原稔夫の証言によれば、本件客室の浴室の床面には口径約5.5センチメートルの排水口が設けられていることが認められ、これによれば、被告らの主張するとおり、浴槽への水道栓を開栓したままにしても、浴槽から溢れ出た湯水は排水口から排水され、湯水が浴室から溢れ出て漏水することはないはずである。この点について、被告らは、本件事故が発生したのは排水口が毛髪やごみなどで詰まっていたからであると主張し、被告真壁光雄もこれにそう供述をしている。
しかしながら、証人桑原稔夫の証言によれば、原告ホテルにおいては、業者による浴室の排水口をも含めた設備の定期的な点検、清掃等の管理が行われていたことが認められ、また、右排水口の構造等に照しても、排水口が毛髪やごみなとで詰まるというような事態が容易に起こることは考え難いところである。そして<書証番号略>及び証人桑原稔夫の証言によれば、本件客室をはじめとする原告ホテルの客室の浴室のバスタブには、その縁に足拭用のマットが掛けられ、その片隅にプラスチック製の洗い桶が置かれていたことが認められるのであって、このことからすると、本件事故は、結局、右足拭用マット又は洗い桶が浴槽から溢れ出た湯水によって押し流されて床に落下し、それが前記排水口を塞ぐ結果となって浴槽から溢れ出た湯水の排水を妨げたことによって、発生した可能性が高いものというべく、他に特段の事情の認められない本件においては、右のとおり推認するのが相当である。
四そこで、以上のような事実関係の下において、被告らの責任の存否について検討する。
1 先ず、被告常松昭については、浴室の水道栓を開栓したまま放置すれば、湯水が浴槽から溢れて、足拭用マットや洗い桶が流されて排水口を塞ぐなどし、湯水が浴室外に溢れ出て原告ホテルの客室等を損傷することになることを容易に予見することができたにもかかわらず、水道栓を開栓したまま寝入ってしまったものであるから、同被告に過失があることは明らかであって、不法行為による損害賠償又は宿泊契約に基づいて他人の宿泊施設を利用する場合に尽くすべき注意義務に違背したものとしての債務不履行による損害賠償として、本件事故によって生じた損害を賠償すべき責任があることは明らかである。
2 次に、被告真壁光雄及び同常松健一は、前記認定のとおり、寝装衣料品等の展示販売に専従するグループに属する同僚として被告常松昭と共同して勤務時間中の営業活動に従事し、終業後においても飲酒、飲食を共にしたうえ、原告との間において本件客室を共同して利用する宿泊契約を締結して、そこに宿泊していたものということができ、この点において被告個人らは主観的共同の意識を持って集団的に行動していたといいうることは確かである。
しかしながら、数人の者が民法七一九条一項の規定によって共同不法行為者として直接的な与因のない損害についても責任を負うためには、数人の者が加害の故意を持って共謀して集団的行動をとったとか、加害の故意がない場合であっても、数人の者が主観的共同の意思を持って集団的に行動し、その集団的行動の故に他人に損害を与え、かつ、数人の者に右加害についての過失があるような場合でなければならないものと解するのが相当である。
これを本件についてみると、先ず、被告個人らが主観的共同の意思を持って営業活動に従事し又は共同して本件客室の宿泊契約を締結したということと被告常松昭が水道栓を開栓したまま寝入ってしまったということとの間には、数人の者が主観的共同の意思を持って集団的に行動し、その集団的行動の故に他人に損害を与えたという関係が成立しないことは明らかである。また、被告個人らが飲酒、飲食を共にしたことについては、被告真壁光雄の本人尋問の結果によれば、被告個人らはそれぞれビール二、三本と日本酒銚子二本を飲んだ程度であって、被告常松昭が特に酩酊している様子でもなかったというのであるから、このことから直ちに被告真壁光雄及び同常松健一において被告常松昭の動静に注意して同被告が酩酊のうえ水道栓を開栓したまま寝入ってしまうようなことがないように配慮し事故の発生を防止すべき注意義務があったものということはできない。
したがって、原告は、結局、被告真壁光雄及び同常松健一対して、不法行為又は債務不履行による責任を問う余地はないものというべきである。
3 最後に、被告会社の責任について検討すると、被告会社の前記のような営業形態は、先に認定したところによれば、グループに属する従業員の販売展示会の会場所在地での宿泊を不可欠の前提とするものであって、従業員が宿泊場所において打合せや販売展示会の準備を行うなどのことも容易に想定され、これらの従業員の販売展示会の会場所在地での宿泊行為が被告会社の事業の執行と密接な関連性を有することも否定できないところである。
しかしながら、民法七一五条一項にいわゆる事業執行関連性の有無は、単に被告会社の事業ないし被用者の職務と外形的な宿泊行為との近接性の一事をもって決し得るものではなく、当該加害行為が被用者たる地位にあることから通常予想されるものであるか否か、当該加害行為に対する使用者の支配可能性、当該加害行為と被用者の職務の近接性、加害行為の場所的・時間的関係等を総合して、それが客観的に事業の執行とみられるべき行為であるかどうかによって決するほかない。
これを本件についてみると、確かに被告会社の右営業形態は、従業員の販売展示会の会場所在地での宿泊行為を前提とするけれども、他方、宿泊先での入浴ないし睡眠という行為は、事業活動ないし職務行為の対局に位置する最も私的な生活場面であって、使用者が容易に支配できる分野ではなく、また、本件で問題になる加害行為は、被用者たる地位にあることから通常予想されるところでもなく、被告常松昭の前記の行為は、結局、たまたま被告会社の事業の執行と密接な関係を有する宿泊行為ないし宿泊先という場面において発生したものの、純然たる私的行為というべきであって、これを客観的に被告会社の事業の執行とみられるべき行為ということはできない。
したがって、被告会社に対して使用者責任を問う原告の請求は失当として、排斥を免れない。
五そこで、被告常松昭が負うべき損害賠償の範囲について検討すると、<書証番号略>及び証人桑原稔夫の証言によれば、原告は、本件事故によって水浸しとなった原告ホテルの客室のカーペットの清掃及び乾燥のための費用として一二万円を支出したこと、原告ホテルの一階店舗を貸借していた訴外赤坂朝代は、本件事故によって損傷を受けた右店舗の天井、床、壁、家具、調度、照明器具、電気回線等を補修するために合計五八二万九八〇〇を支出し、原告は、平成二年七月三一日、訴外赤坂朝代に対して右同額を支払ったこと、訴外赤坂朝代は、本件事故及びこれによる原告ホテルの前記一階店舗の補修工事のために、同年六月二五日から同年七月二九日までの間前記「くらぶ赤坂」の営業を休止し、これによって四五二万六五八五円の得べかりし利益を喪失し、また、その従業員に右の間の給与合計二五三万七三一九円を支払って、被告常松昭に対して七〇六万三九〇四円の損害賠償債権を取得したが、原告は、同年一〇月二六日、訴外赤坂朝代から被告常松昭に対する右同額の損害賠償債権のうち六二〇万円の債権の譲渡を受けたこと、原告は、本訴の提起に先立って被告らに対する仮差押申請を原告訴訟代理人弁護士らに委任し、その報酬及び費用として右弁護士らに対して合計二九四万四八八四円を支払ったことを認めることができ、右弁護士費用のうち本件事故による損害として被告常松昭に賠償させるのが相当な額が六六万四〇〇〇円を下らないこと明らかである。
六したがって、被告常松昭に対して不法行為による損害賠償として一二八一万三八〇〇円及びこれに対する不法行為の後の日である平成二年六月二六日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、その余の被告らに対する原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとして、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、仮執行の宣言については同法一九六条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官村上敬一)